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トルコリラ

トルコリラのコラム

2005年(ねん)末(まつ)まで流通(りゅうつう)していたトルコ(とるこ)リラ(りら)はトルコ(とるこ)の旧(きゅう)通貨(つうか)。 補助(ほじょ)単位(たんい)はクルシュで、1トルコ(とるこ)リラ(りら)=100クルシュ (kurus,) である。ただし、2005年(ねん)の新(しん)通貨(つうか)発行(はっこう)以前(いぜん)のトルコ(とるこ)リラ(りら)はインフレーション(いんふれーしょん)が進み(すすみ)、クルシュ単位(たんい)の貨幣(かへい)は通用(つうよう)していなかった。 クルシュはオスマン(おすまん)帝国(ていこく)時代(じだい)に用い(もちい)られていた銀貨(ぎんか)の単位(たんい)で、リラ(りら)は19世紀(せいき)後半(こうはん)に行わ(おこなわ)れたデノミネーション(でのみねーしょん)の際(さい)、クルシュにかわる新しい(あたらしい)通貨(つうか)単位(たんい)としてイタリア(いたりあ)語(ご)から取り入れ(とりいれ)られたものである。オスマン(おすまん)帝国(ていこく)時代(じだい)のリラ(りら)は金本位(きんほんい)制(せい)をとっており、オスマン(おすまん)帝国(ていこく)時代(じだい)は、外国(がいこく)資本(しほん)によって経営(けいえい)されるオスマン(おすまん)帝国(ていこく)銀行(ぎんこう)が発行(はっこう)していた。第(だい)一(いち)次(じ)世界(せかい)大戦(たいせん)時に(ときに)金本位(きんほんい)制(せい)を廃止(はいし)し、1920年代(ねんだい)のトルコ(とるこ)共和(きょうわ)国(こく)草創(そうそう)期(き)にリラ(りら)とクルシュによる貨幣(かへい)体系(たいけい)が整備(せいび)された。 2004年(ねん)の時点(じてん)では、25万(まん)TL・50万(まん)TL・100万(まん)TL・500万(まん)TL・1000万(まん)TL・2000万(まん)TLの紙幣(しへい)と5万(まん)TL・10万(まん)TL・25万(まん)TLの硬貨(こうか)が発行(はっこう)されていた。紙幣(しへい)の肖像(しょうぞう)、および硬貨(こうか)の刻印(こくいん)はすべてトルコ(とるこ)共和(きょうわ)国(こく)の初代(しょだい)大統領(だいとうりょう)ムスタファ・ケマル・アタテュルクの肖像(しょうぞう)となっており、それぞれの紙幣(しへい)は色(いろ)違い(ちがい)で視覚(しかく)的(てき)に区別(くべつ)できるようになっていた。 2005年(ねん)1月(つき)1日(にち)より、100万(まん)トルコ(とるこ)リラ(りら)を1新(しん)トルコ(とるこ)リラ(りら) (Yeni Tu"rk Liras?, YTL) とする新(しん)通貨(つうか)が発行(はっこう)され、実質(じっしつ)的(てき)なデノミネーション(でのみねーしょん)が行わ(おこなわ)れた。これにともない1新(しん)トルコ(とるこ)リラ(りら)=100新(しん)クルシュ (Yeni kurus,:YKr) となり、小額(しょうがく)通貨(つうか)単位(たんい)が復活(ふっかつ)した。2005年(ねん)中(ちゅう)は新(しん)トルコ(とるこ)リラ(りら)と旧(きゅう)トルコ(とるこ)リラ(りら)は併用(へいよう)されたが、2006年(ねん)から新(しん)トルコ(とるこ)リラ(りら)に統一(とういつ)された。デノミ(でのみ)前(まえ)の通貨(つうか) (E-7) は、2006年(ねん)1月(つき)1日(にち)より回収(かいしゅう)が始まり(はじまり)、2016年(ねん)1月(つき)1日(にち)に失効(しっこう)する[2]。

ウィキペディアより引用